今月の提言


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6月の提言:『ニューノーマル時代の経営』

日本の名目GDPはこの20年余ほぼ横這いで世界の主要先進国が約2倍に増加しているのと比べて低成長である。だが、日本経済は実感がないままに穏やかな回復基調が続いて、企業収益は改善し、失業率も低下、物価や名目賃金もほぼ安定している。周知のとおりデフレとは物価の持続的下落をいう。その結果企業収益の低下や失業率の上昇、名目賃金の下落などが生じるが、現状をみるとデフレとはいえない。

イギリス経済史の権威、川北稔氏によるとどうも私たちは「成長がなければ衰退」という発想、つまり「成長パラノイア」に囚われているのではないかと指摘する。日本経済は、低成長、低物価上昇率が常態、ノーマルであり、いわばニューノーマルの新しい歴史的発展段階に入ったとみる向きもある(注1)。

国際機関の成長見通しをみても日本が主要先進諸国の中で最も低成長である。今後は地政学リスクを含む不確実性と低成長の中で競合と利益と損失が相殺されるゼロサムゲーム環境が続くものと思われる。こうした環境下で近未来の経営はどうあるべきか。結論をいえば、ゼロサムゲーム下ではミニマックス戦略が最適である。つまり、「マックス(最大)の損失をミニ(最小)」という意味で、不確実な利益よりも確実な利益を狙って、かつ損失が出そうな場合はより少ない損失にすることだ。国内のゼロサムゲームを避けるために小売業を含む超ドメスティック企業は海外展開に注力することになる。最近のM&Aの内訳をみるとIN-OUT、つまり日本企業の海外企業の買収件数が過去最高を更新しているのもこのためだ(注2)。

ところで、ミニマックス戦略を実践するにはどのような経営が求められるか。筆者は次の3つが不可欠だと考える。
  1. リアル・オプション思考による経営。
  2. 攻めのシェイパー(市場を形成する)経営。
  3. 両利き(Ambidexterity)の経営。
リアル・オプションとは「不確実性が非常に高い事業環境下では、何らかの手段で投資の『柔軟性』を高めれば、事業環境の下ぶれリスクを抑えつつ、上ぶれのチャンスを逃さない」という発想だ。例えば、ある日本企業が新興国で新たなビジネスを1,000万ドル規模で考えているとしよう。だが、この市場は今後2ケタ成長が期待される一方で2%程度の低成長にとどまる可能性もあるとする。こうした不確実性の高い市場に高額の投資は回避されるケースが多い。リアル・オプションは投資に柔軟性を与え、当初3割か4割の投資で事業を開始し、高成長の見通しが立った場合に残りの追加投資をするという考え方である。具体例としてはスターバックスの日本市場参入やウォルマートの西友の段階的子会社化を想起すればよいだろう(注3)。

次に、シェーパー(Shaper)とは市場を形づくるということを意味する。不確実性の極めて高い環境下では積極的に市場を創出することで、低リスクで高いリターンが得られるという。受け身の戦略から脱して攻めのシェーパー戦略が求められる。日本企業はこうした市場創造は苦手だと一般的には考えられるが、例えばバブル崩壊後の不確実性の高い環境下で100円ショップの成功がある(注4)。

最後に、「両利きの経営」とは耳慣れない言葉かもしれないが、近年イノベーション理論の基礎ともいわれている考え方である。これは「まるで右手と左手が上手に使える人のように、『知の探究』と『知の深化』について高い次元でバランスをとる経営」を意味する。不確実性の高い低成長のゼロサムゲーム環境下でイノベーションの重要性は誰しも認めるところであろう。イノベーションの源泉は経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの考え方に基づき、「既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせ」、つまり新結合にある。

両利きの経営の具体例としては、トヨタの「かんばん方式」やヤマト運輸の宅配ビジネスなどがある。かんばん方式は米国のスーパーマーケットの仕組みと自動車生産を組み合わせたものであることはよく知られている。そして、ヤマトは宅配の発想を吉野家の牛丼単品への絞り込みから得たことも有名なエピソードだ。いずれも、知の深化のみならず新たな知の探索による組み合わせによりイノベーションを創出させた。異業種のビジネスをイノベーションのヒントとしてみることで新結合が可能になるといえよう(注5)。

日本経済は人口世帯動態からみてもトレンドとして縮小傾向にあることは確かだ。すなわち、ゼロサムゲーム環境、低成長環境が続くことになる。ミニマックス戦略の意味を再確認したうえで上記の3つの経営を実践して未来を拓くことを期待したい。


注1:
ニューノーマルの論者に関しては例えば下記を参照.

岡本悳也「日本経済の‘謎’」(2017年6月26日付Webコラム『世界経済評論IMPACT』)
http://www.world-economic-review.jp/impact/article862.html

注2:
M&Aデータに関しては下記の株式会社レコフのwebサイトを参照.

https://www.marr.jp/mainfo/graph/

注3:
リアルオプションに関しては下記の解説(pp.68-71)がコンパクトで分かりやすい.

入山章栄『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(2015年11月,日経BP社)

注4:
シェーパーに関しては前掲書pp.286-287を参照.

注5:
両利きの経営については前掲書pp.74-84を参照.



【竹生孝央(ちくぶ・たかお)】(2011年より「孝央」と改名しました)

 


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