今月の提言


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3月の提言:『企業価値の本質を問う』


今、ビジネスの世界で「企業価値」ほど人口に膾炙している言葉はない。しかしながら、企業価値を語る人々が、企業の本質的な価値について理解しているかどうかは疑わしい。このような状況をみると、筆者は80年代前半から後半にタイムスリップしたような気分になる。まだ戦略が実務の中に定着していなかったその時期に、経営トップやミドルは「戦略」について自分の思いを語ったものだ。だが、そこで語られた戦略なるものは、単なるスローガンから目先の手段まで幅広い使われ方をしていた。つまり、戦略の定義があいまいなままに、「戦略」という言葉だけが独り歩きしていたのである。

時代は変遷して日本においてもM&AやTOBが日常的な今日、経営トップ(あるいは集団としての経営陣)は自社の企業価値を高めるという点で、余人をもって代えがたい存在であることが求められる。言い換えれば、現経営陣は潜在的な買収者よりも価値を向上させる能力があり、またそれをステークホルダーにわかりやすく知らしめることが肝要である。

では、企業価値とは何か。一般的な考え方は次の3つである。一つは株式市場で売買される企業の株式が企業価値を体現していると考えて、株式の時価総額と負債の合計を企業価値とする。次に、将来の業績を予測し毎年生み出される新たなキャッシュ(フリーキャッシュフロー)を現在価値に戻してその総額を企業価値とする考え方で、ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法と呼ばれる。最後に、貸借対照表の資産および負債を時価評価して算出された金額に営業権を加算した時価純資産方式がある(注1)。

筆者はこのようにコーポレート・ファイナンスの教科書通りに企業価値を考えると、企業の本質的な「価値」を見失ってしまうように思う。ブランデンバーガー教授とネイルバフ教授の有名なゲーム理論の名著『コーペティション経営』に従えば、「価値を求めるには価値を創出すべき」なのである。つまり、顧客のニーズを満たし満足度を高めるとともに、競争相手よりも優れた製品・サービスを創造することが求められる。この意味で両教授が指摘するように、その企業らしさをもつ付加価値があるかどうかが問われるのである(注2)。

ところで、欧米のエグゼクティブ向けのマネジメント教育プログラムでは、冒頭に次のような問いかけをされることが多い。もともとこの質問は、ハーバード・ビジネス・スクールの「オーナー/プレジデント・マネジメント・エグゼクティブ・プログラム」において最初に与えられる課題なのである(注3)。
  • あなたの組織、会社がなくなったとすれば誰が困るか。またその理由は。
  • 同様に、もっとも困る顧客は誰か。またその理由は。
  • あなたの会社の代わりになる企業があるとすればどれか。
プログラムの参加者は、この質問に答えることで企業活動の中核が付加価値創造であることを教え込まれるのである。

企業価値向上に真剣に取り組もうとする経営トップは、上記の3つの質問についてよく考えてほしい。そして「もし自社が消滅したら、世界が変わるだろうか」「自社しかできない社会貢献は何か」など関連質問を投げかけることで、会社が社会に独自の価値を付け加えているかどうかが確認されよう。

現状では、多くの企業はそのような価値が希薄かもしれない。その場合は、社会にとって不可欠な存在になるように、新たな価値、あるいは企業目的を創造すればよいのである。ファイナンスでいうところの企業価値に一喜一憂することなく、こうした価値創造こそ経営トップの仕事なのである(注4)。

上述した3つの問いを自問自答することで、企業価値の本質を再考してほしい。そして読者の会社が真の「企業価値向上」を目指す企業として変身することを願うものである。


注1:
たとえば、現在のように株式市場が低迷している時期は、時価総額は低くなり企業価値が過小評価される.そのため実務上は、DCF法や時価純資産法による企業価値を勘案して評価することになる.

注2:
Barry J. Nalebuff and Adam M. Brandenburger, Co-Opetition: A revolution mindset that combines competition and cooperation: The Game Theory strategy that's changing the game of business, Doubleday, 1996.(邦訳『コーペティション経営』、日本経済新聞社、1997).

注3:
英文はいくつかのバージョンがあるが、代表的なものは次の通りである.
  • If your organisation would not exist anymore to whom would it matter and why?
  • Which of your customers would miss you the most and why?
  • Which other firm, if any, would step into the void you left?
注4:
HBSのモンゴメリー教授は、戦略における企業目的の重要性を説く。詳しくは下記を参照。

Cynthia A. Montgomery, "Putting Leadership Back into Strategy," Harvard Business Review, January, 2008.



【竹生孝夫(ちくぶ・たかお)】

 


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